経験の軌跡2

同年代である、諒さんとは、

子供も同じくらいの年齢と言うこともあり、

「康太郎は元気?」と

店に来た時は、挨拶のように交わしていました。

 

上の娘ちゃんは、結婚していたし、

私と同じ男の子、息子が気になっていたからです。

 

 

諒さんは北海道の人で、

単身で会社の本社のある東京の大手町に通勤していました。

 

会社の寮が、私の住む町に近かったのです。

 

何度も飲みに来てくれていたその日に、

いつもの挨拶のような言葉から始まりました。

 

「康太郎は元気?」

 

言葉もなく、顔が曇りました。

 

そう、諒さんは、その後離婚して、

康太郎は妻の元に行き、

全財産も子供をみて貰うからと渡していました。

 

しかも、私は「全部渡せばいいじゃない」

とも伝えていました。

 

都市銀行に勤め、収入もあり、まだ若さもあるし、

稼ぐには不自由しないし、

子供が成人になるまで、もう、あと少しだったからです。

 

そう、なぜ顔が曇ったのか。

直ぐには話してはくれませんでした。

 

いつものように赤ワインを注文し、

それを飲んでから始まりました。

 

康太郎が「急性白血病と言われた」と。

 

 

最初は風邪のような症状だったそうです。

 

熱が引かずに近所の医者から、大きな病院を紹介されて

そのように診断されたそうです。

 

私の店は、一人でしていますので、

他のお客さんとも話してもらえるように、

いつもいつも出来る限りお客さん同士に紹介をしながら

馴染みのお客様方のくつろぎの小さなスペースとして

成り立っているお店です。

 

が、諒さんは、

他のお客さんが話しかけても、

なかなか馴染んでくれるタイプではありません。

 

他のお客さんが居ない時に何でも話してくれるようでした。

まま、そういうタイプなんですね。

 

夫婦の離婚だけならば、

仕方ないところもあるでしょう。

 

そこから始まりました。

 

高校生の子供が急性の白血病になってしまったのだから、

それはそれは、私にとっても

他人事とは思えずにいました。

 

私の下の息子は二歳年下で、

私の息子のことのように、

同じように、思ってしまいましたから。

 

Jenny♥

 

 

 

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