経験の軌跡4

諒さんは子煩悩ですし、

離婚して、子供を元妻のところに置いて来たこともあり、

また、大手の勤務先と言うこともあり、

知識を持って、病院の手続きやらを進めて、

その中でも、より良い病院が無いかとも探していたようです。

 

 

そして当時預貯金、不動産も手放した諒さんは、

現金がありませんでした。

最新の治療、入院費を貸してくれと、元妻に頭を下げましたが、

一円たりとも出してくれることも、貸してくれることもなかったのです。

 

 

私のお店に来ては、その経過を諒さんは話してくれていました。

 

私が、他人事とは思えないことも知っていたし、

なによりも、いつも気にかけていたからです。

 

初めて康太郎の、病気の事を聞いてから、数か月は経っていた頃、

自分で購入していた海外の別荘だけは、自分の唯一の財産としてありました。

 

諒さんは、そこに康太郎を連れて行ってあげたいと思ったのです。

いつどうなるかわからない病状の中、少し良い状態になりそうな時に、

私に話してきました。

 

「一緒にオーストラリアに行ってくれないか」

「息子も一緒に」

そう、病気の子を連れて、一人での海外は人手も入りますし、

私の息子が2歳年下で、康太郎にとっても良い話し相手が出来るのでは?と感じたようです。

 

私は下の息子に事情を話し、快諾してくれましたので、

了解の返事をしました。

 

日程も決まり諒さんは、現地での手筈も整えて準備をして居ました。

 

車は、寝台が乗るような大きな物。

それが重要です。

 

 

けれど、康太郎はあまり良くない状態になってしまい、旅行は中止となりました。

急性の白血病です。

状態は、苦しい時もありました。

 

Jenny♥

 

 

 

 

 

 

 

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