経験の軌跡5

諒さんが初めてお店に来てから、どの位の月日が経っていたのかはわからないけれど、数ヶ月以上は経っていたと思います。

そんなある日、諒さんが一通の手紙を差し出しました。

康太郎からの手紙でした。

 

以下から、手紙をそのまま、書いて行こうと思います。

 

初めまして

未だ会ったことも無い人からこんな手紙をもらって不思議に思うかもしれませんが、どうぞ気味悪がらずに読んで下さい

本当は直に会ってお話ししたいのですが、この身体ではどうしようもできません

オーストラリア旅行の件は本当に申し訳ございませんでした。僕としても本当に行きたかったです。父から弘美さんの事は、会えばいつも一杯元気を呉れる人というのでとても楽しみにしていました。父もとても楽しみにしていた様で、見舞いにくる度に、いつも旅行の計画の事を楽しそうに話してくれました。本当に残念です。見てもわかる様に父は、本当に生き方が不器用な人からですから何かと周囲の皆様にご迷惑ばかりかけていると思います。けっこう一本気なところがあって、これと思ったらその事ばかりに集中する性質で自分の親ながらけっこう子供ぽいなあと思う事が多々有ります。

去年、両親が離婚した時は本当に父を軽べつしました。親類の前で、母とおばあちゃんが言われるままに父は何も言わず離婚届にサインした姿は本当に情け無いなあと思いました

でも今の父は何も言わなくても一所賢明僕の為に身を粉にしてがんばっている事は父の態度で痛い程わかります。でもあの人の事ですから口葉で感謝の意を表すと絶対嫌がるのは目に見えてわかる事です。本当に、気むずかしい人です。でも今はそんな父ですが本当に好きで彼の子供に生まれて本当に良かったと思っています。一杯愛情をもらって幸わせだと思っています。

ただ一つだけ残念な事が有り、今回手紙を書きました。

弘美さんにも子供がいらっしゃるそうですが、母親として自分の子供が病気になって入院した時、どういう態度をとりますか。もしかしたら父が弘美さんに話していない事を今、僕がかってに書いているのかもしれません。でも父から弘美さんの事を聞いている限りではとても他人とは思えず敢えて書きました。一度父にはどうして母が一度も見舞いに来ないのか聞いた事があります。父にはそういう女性だから僕自身で見切りを付けるしかないと強く言われました。今思うと父も戸惑った事だとおもいます。自分で納得しようと思って努力してもどうしても納得できないまま今に至っています。姉にも母の事は忘れろと強く言われます。今僕がやらなきゃいけないのは病気を直す事です。母の事についても母には母の事情が有ると思います。でもどうしても心のもやもやがずっと取れません。どうしたらいいのか変なぐちを書いてすみませんでした。本当はもっと書きたい事がたくさん有るのですが、今回はここで止めておきます。また手紙書きますのでぐちを聞いて下さい。ご返事下さい心より待ってます

この手紙の内容は父には言ってません。バカな高校生のたわ言だと思って下さい、ありがとうございました。では又

              乱筆乱文にて

弘美様へ

                                                  康太郎より

2006.9.6受け取り

以上

文字は康太郎が使って書いていたままをそのまま写しました。

この手紙をこちらに書いてから日にちを考えましたら、諒さんと初めて会ってから、一年近くは経っていたのだと思います。

 

Jenny❤︎

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