経験の軌跡8

康太郎の手紙から始めます。

 

どうも康太郎レポートパートⅢです

今の時間は9/23土曜日夜中の1時です。お手紙ありがとうございます。本当にご返事くれるとは思っていなかったので、正直驚いています。でも本当に嬉しいです。何度も読み返しています。今夜はちょっと気が高ぶって眠れないです。夜中なのに手紙を書いています。

この間、暴れた事は本当におばあちゃん、姉には迷惑をかけてしまいました。でも一番びっくりしたのは、さいたまに戻ったばかりの父が姉の電話ですぐに仙台に来た事です。父にとっては久しぶりの何か月ぶりかの休日なのに申し訳ないことをしたなあと思っています。そして、その時父からボロくそ言われました。自分一人だけで生きているんじゃない。回りにたくさん応援してくれる人がいるのにわがまま言うんじゃない、と。あんなに恐かった父は久しぶりです。弘美さんも手紙に書いているように僕の回りにはいっぱい応援してくれる人が居るのに、自分からそれを放棄する事はみなさんを裏切る事ですよね。深く反省します。でもスッキリした部分もあった事も事実なんですけどね。

弘美さんの事は父からいろいろ聞いています。毎日僕の為にお祈りしてくれている事はもちろん知っています。前出の手紙で言葉が足りずに弘美さんに不快感を与えたのなら申し訳ありませんでした。ただ、僕ずっと不思議に思っている事があって、僕が知る限り父はすごい人見知りする人で、飲みに行っても自分のプライベートの事は絶対に話さない人なのに、その父が離婚の事、息子の病気の事など他人に話すことなんて考えられない事です。あの人は本当に心を許せる人にしか本音の話しはしない人です。余程、弘美さんの事を気に入ったのでしょうね。慣れない勤務地での様々な気苦労も多い父にとって弘美さんはオアシスなのかもしれませんね。生意気言ってごめんなさい。だからこそ見舞いの度に弘美さんの事を楽しそうに話しをする父の姿を見て、僕もまだ会った事もない人ですけど、手紙を書きたくなったし、本当は会っていっぱいお話しがしたいです。僕自身父の話しで弘美さんの容姿もだいたい見当つけているし、僕にとっての弘美像はもう確立しています。だからオーストラリア旅行についても弘美さんと竜之介(息子様の名前ってこれでよかったのかな?)二人増えてもいいかと父に聞かれた時も最初はびっくりしましたが、なぜか不思議に不安感とか嫌悪感は全く無くて逆にとても期待感の方が大きかったのですぐにOKの返事をしました。ですから旅行の件は本当に残念でなりません。

こうして弘美さんに手紙を書いていると心がすごく安らぎます。父やおばあちゃん、姉には失礼かもしれませんが彼らとは何か違う安心感を感じるのです。弘美さんが本当のおかあさんだったらと思う今日この頃です。なんてね!

さっき父から、もしかしたら弘美さんが見舞いに来てくれるかもしれないよと言われました。もし本当の事ならとても嬉しいですし、とても楽しみです。手紙だけでもこんなに舞い上がっているのに実際に会ったら泣いちゃうかもしれないです。

9月27日25才のお誕生日おめでとうございます。25才の若いおかあさんなって、中三の竜之介君がとてもうらやましいです。なんてね!弘美さんて本当にかわいい人ですね。茶目っ気があって、でも本当の年は父から聞いていますよ。余談ですけどお人形見て笑ってしまいました。自分の弘美像とあまりにも違っていたので、逆にふきだ出しました。よけいに弘美さんに会いたくなりました。たぶん父から何かのプレゼントが有ると思いますよ。姉にいろいろ女性の欲しがる物を聞いていましたから姉は嫌そうに答えてましたけど。あっ、もしかしてこれって父にとって内緒の事かもしれませんね。まぁいいかどうせわかる事ですから、父に悪いけど、でも父に人形見せたらどんな反応するだろう?

母の事については本当は自分では答えはでています。今の彼女にとって僕は必要のない存在の人、ただされだけの事です。わかっています。でも頭で理解できても心がまだ対応できないのです。

でも僕の回りにはたくさん応援してくれる人がいます。これは何物にも変えられない宝物です。その人達のパワーをいっぱい貰って休けい時間が早く終わる様ガンバリますのでよろしくね!

今回はこれで!  では又

Dear 弘美様

康太郎

 

 

 

私は手紙の返事をなんと書いたかは、

良く覚えていません。

たぶん人生の休憩だと思って、

ゆっくり治療に専念するようにと書いていたのでしょう。

それと、なんかプレゼントしていたんですね。

やっぱりね、自分の子供の同年代の子供の病気は、

私にとっては他人事とは思えなかったのです。

そう、母心としてね。

誕生日のプレゼントは諒さんからは貰っていませんよ。

それはきっと、諒さんは私に好意があったと思うけど、

私はそれはなかったです。

諒さんは、それも知っていたでしょう。

私は、康太郎が少しでも良くなり、

不安なく快方に向かってもらいたいだけでした。

母心だけです。

少しでも笑って、母が来ないことすらも、

病気と闘いながら乗り越えて欲しいと思っていただけです。

 

PS.私は竜之介にもいつも25才と言っていたの。

だから小学生の時は本当に25才だと思っていたと、、、

そんな事あるわけなーい、と思うでしょうが、

竜之介、そんなおっとりさんなんです。

私の子供なのかー?と言うほどにね。私、お節介、せっかちなもんで。

 

Jenny♥

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