彼との出会いからカナダ紀行1へ

私は、カナダ在住のフィリピン人とお付き合いをしていた事がありました。

付き合うと言うほど、長くはなかったのですが、

カナダ紀行に交えて、出会いから話して行きますね。

 

私がお店で、ランチを出していた時の話しです。

そう、今から15年以上前の話しです。

隣の家を解体する事になり、何故かその一員として彼が居たのです。

 

向こう、主にフィリピンの人に多いのかな。

滞在する時に、友達のつてを使って、

日本に住んでいるフィリピン人の家に滞在するんですね。

日本人のように、何泊かと言うより、

ロングバケーション的に、長く滞在するために来たようです。

彼の場合は、6か月でした。

 

その滞在先が、私の家からは少し離れたところでしたが、

そこの滞在先のフィリピン人が、時に解体のバイトをしていたようで、

そのお手伝いで彼が一緒に来たのです。

 

隣家だから、お昼寝は毎日私のお店に食べに来ます。

他に何人か外国人も居ました。

 

そう、そうしている内に、ランチの終わった私のお店に、

いつものスタイルとは違うシャツ姿で、一人ふらっと訪ねて来たのです。

私は笑顔がいいな!と思っていて、ちょっと嬉しかったのです。

 

それから、私がお休みの時に一緒に出かけたりするようになったのです。

もちろん、彼は日本語は話せませんし英語もタガログ混じりのスペイン訛りとでも言うのでしょうか、

私は英語を話せませんが、何故か一緒に居ると、なんとかなるもんです。

 

上の息子のサッカーの試合まで見に行き、

その時の息子はどう思っていたのかなんて、知る由もありません。

上の息子はサッカーの強豪チームで戦っていたし、

1年生からレギュラーで出ていたのもあり、高校の3年間の土日祝は全部サッカー三昧で、

試合の時は、私も毎回出場です。父母会も3年間通しでしたから。

と、息子の話しはさておいて。

 

それで、日本に居るあいだはお付き合いをし、

彼はカナダのモントリオールに帰って行きました。

 

そう、それから間も無く、

彼はモントリオールからバンクーバーに引っ越しをすると言うので、

私はそれに同行する事になったのです。

 

いやや、無理やり押しかけたようなもんですが。

引っ越しするの?行く行くみたいな、笑。

そのやりとりは大変なものです。

私は英語を話せませんので、

彼には、英語の話せる友達に電話で伝えてもらい、

モントリオールの空港に、何時に着く、何航空と、それだけ伝えてもらったのです。

 

日本を出発する日がやって来ました。

モントリオールへは、アメリカのシカゴで乗り継ぎです。

 

日本から乗り込むのは良かったです。快適にシカゴの空港に到着しました。

はてさて、ゲートの番号の数日だけが頼りの乗り継ぎで、しかも大きなハブ空港。

なんとモノレールの移動です。それも何とかこなしゲートを確認出来ました。

そこで、乗り継ぎの時間があまり、コーヒーでも飲むかと、

お金は、カナダドルしか持っていません。

ここはアメリカです。

カードでもいいかと。

話すのも勇気が入るので、もう少しだからと、

持って行ったレース編みをしながら搭乗まで待ちました。

難なく飛行機の乗り継ぎは成功し、機上の人となりました。

続く。

 

Jenny❤︎

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