経験の軌跡10

今日も、康太郎の手紙から書き初めます。

お手紙、ボールペンありがとうございます。この手紙はそのボールペンで書いています。弘美さんの心がこもっているのか、とても滑らかで書きやすいです。弘美さんはどうしてこんなに優しいのでしょうか。会った事もない赤の他人の僕の為に、こんなに一生懸命になってくれて言葉も無いです。本当にありがとうございます。

今の時間は10月2日月曜日のお昼です。父は今、USAから帰ってきた○○先生と朝からずっと何かお話しをしています。何か○○先生を見ると安心します。でも先生が帰ってきたのにどうして僕は病院を移るんでしょうか?何か落ち着かないです。ここに居たらせっかく弘美さんに会えると思って楽しみにしていたのに、病院が変わったら、検査や骨髄採取でまた完全無菌室に逆戻りです。今の部分無菌室でも嫌なのに完全無菌室だと何もできずただじっと横になっているだけです。でもこれも治る為には仕方ない事ですね。

夕べ、父が見舞いに来た時は久しぶりにゆっくりお話しができました。ニューヨークの件については、僕がたいへんな時に、本当は側にいてあげなければいけない時期に、数か月も離れ離れで申し訳ないと泣いていました。驚いたのはニューヨークに行く事ではなく父が僕の前で泣いた事です。父は今まで一度として家族の前では泣いた事は無いと記憶しています。その彼が号泣したんです。僕としても切なかったです。でもどうして父が泣いたのかはっきり僕にはわからないです。父の中で何か変化があったのでしょうか。

今、父について僕なりに思っている事があって、ちょっとブルーになっています。父の人生って何だろう?と。若い時に結婚したため、普通の若者が遊んでいる時期に家族の為にずっと懸命に働いてきた父。確かに働きバチですが、かといって放任ではなく、僕や姉の学校の行事には必ず参加してくれました。仕事の都合上時間が合わない事は子供心にも理解できていました。でも自分ができる限りの事はしてくれました。浮気についてはまだまだ僕には理解できない事で何とも言えませんが、働きづめの父の人生って楽しいのだろうか?これからも僕の治療費の為に苦労する事でしょう。果たして父の人生って、父自身の為にあるのではなく、僕も含めて人に為にあるような気がしてなりません。せっかく父の回りに親身になってくれる人がいるのにニューヨークに行ったら、また孤独でどうなるのか心配です。夕べ、あんない号泣した父が今朝はにこにこして冗談ばっかり言っています。何かおかしいです。無理に明るくふるまっている様にも見えるのです。5年前の自殺未遂の時とほんとに空気の感じが同じで恐いです。取り越し苦労であったらいいですが。たぶん、こんな変な事を書いたら弘美さんからパンチが飛んできそうです。本当は病気に専念しないといけないのに、だめですね。

僕の弘美さん像は、笑顔のステキなチャーミングな女性です。ですから、弘美さんに似ているのは笑顔のステキなカードの女性です。まちがいない。父に見せたら一目しょう然でどれかわかると思うので、実際に弘美さんに会うまでの僕の楽しみを取っておきたいので、父には絶対見せません。

ポストマンの父が、ニューヨークに行くので、これからの手紙は弘美さんのくれた住所で出しますのでよろしくね!もし弘美さんが手紙をくれるんでしたら下記の住所で出してください。

それから博彦さんにワインのお礼伝えておいてください。開栓するのが本当に楽しみです。早くみんなでカンパイできるようがんばるから

では又

愛しの弘美様                                          康太郎

 

病院で無菌室に入ると、全て消毒しないと物を持ち込めないので、小さな小さなプレゼントをあげたのです。しかも女子柄です。

ポストカードを3枚入れて、どれに私が似てるかって、選んでもらったんだ。

誰にも言わないで会える日を楽しみにしてくれていたんだよね。

関東からは距離があるから、ちょいと行く訳にも行かなくてね。

子供の病気は、大人はつらいよな。

とにかく、早く元気になって欲しいと思っていました。

お父さんの心配を出来る高校生は、すげえもんだと、私は思っていました。

 

Jenny❤︎

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