経験の軌跡14

今日も康太郎の手紙から書き始めます。

 

遅くなって申し訳ございません。新年明けましておめでとうございます。去年の11月25日に移植手術をしましたが、術後に拒否反応が出てなかなか適合しませんでしたが、やっとここにきてそれも治まり普通に生活できる様になりました。最終的な移植手術の成果については術後2ヶ月位期間が必要らしく、あと2週間位はまだ様子見の状態です。それに合わせてレーザー療法も始まります。

去年の暮れから今年の1月5日まで、父やおじいちゃん、おばあちゃん、姉、おばちゃん一家そろってコロラドで過ごしました。久しぶりにみんなに会えてすごく気持ちがハッピーです。特に元気になった父の姿を見たら、何だか胸がジーンときて泣いてしまいました。父は去年の12月5日に退院して、今は週1回のカウンセリングを受けているようです。入院中パソコンを持ち込んでベッドの上で仕事をしているそうです。

 

これからの事を父と話し合いました。コロラドには3月まで滞在し、その後は東京の○○病院に移るそうです。○○先生はコロラドに残るようです。それに合わせて父も研修で来ているニューヨークの出張も1月20日までと会社側と合意しているようです。そして住居を○○からさいたまに移すそうです。今回の父の事故については、一応勤務中での事故として労災が認められ、治療費、カウンセリング料すべて会社負担との事です。

今回の件で九死に一生を得た父も、いろいろ考える事があったのでしょう。父の将来の目標を僕に話してくれました。オーストラリアでスキューバダイビングで生計を立てて暮らしたいそうです。今までもそんな話は聞いていましたが、夢ではなく目標として、具体的に詳しく説明を受けたのは初めてです。今まで家庭を持ったのが早かった父は、家族の為に自分を殺してきたと思うのですが、今は家族の事はもちろんですが、やっと自分のしたい事を具体化して実現に向けて動き出しました。父が父の為に目標に向かって進む姿は僕にとってもとてもうれしい事です。おばあちゃんはこの話を聞いて最初は大反対でしたが、結局、父に説得されました。その父の目標を実現するには僕がりっぱに一人立ちしなければなりません。それには一にも二にも僕が健康になって安心させる事が一番大事です。またこうして自分が病気になった事によって僕自身、健康の大切さ、そして回りの皆様方の励ましによる心強さ、暖かさを痛感しました。それで僕自身も医者になって少しでも社会に貢献したいです。僕が今、皆様から受けているパワーは、普通では経験できない大切なものです。感謝しても感謝してもとてもしきれるものではありません。

僕にとっても、父にとっても去年は大変な年でしたが、回りの皆様方のおかげで今こうして一家団らんできる幸せを糧に、もっともっとガンバロウと思っています。弘美様やその回りの方々からもらっているパワーを一杯吸収して春には元気な姿を、皆様にお見せしたいと思います。これからは長い道のりだと思いますが、皆様の励ましを糧にあせらず少しっずつ一歩でも確実に前に進んでゆきたいと思います。

弘美様にとっても回りの皆様にとっても良い年であります様心から願っております。では、又、後で

P.S 手紙はおばあちゃんに替って今日から姉が付きそってくれるのでおばあちゃんに預けます。

 

親愛なる弘美様へ                   2007,1,8   AM 7:00      康太郎

 

移植の手術が終わり、体調も良くなり、家族と遠いコロラドの地で、

新年を迎えられたこと、それはそれは喜んでいたでしょう。

 

さて、私は、手紙を出すことができないし、

諒さんは入院してますので、

一方的にもらう事しか出来ないのですが、、、

 

元気になってなによりと、

安堵してばかりはいられませんでした。

 

Jenny♡

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